きつねののーと

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教育を勉強したくなった本

 

はじめに

 学生時代は教育学部に所属していた。今は大学院で教育学を研究・勉強している。

 さっさと現場に行けと言われることが多いが、全国で教職大学院が広がっているように、教育、特に学校教育界隈はマスター(修士)レベルまで行くことが進められてきているのだ。僕は教職ではなく研究の方だが。

さて、

 この前大学の先生と話していたら、「学生が全然本を読まん」と嘆いていた。個人的には、別に本を読まないこと自体は悪いことではないとは思う。今の時代、同じレベルの内容はネットにゴロゴロ転がっているしそっちで読めばいい(当然、何が質の良い内容で何がガラクタかを見極めるメディアリテラシーが求められるが)から、わざわざ行動コストのかかる方法を取らなくてもいいんじゃないかという気持ちもある。

 とはいえ、専門書レベルは少しくらい読んでおいた方がいいのも確かだ。知的な面白さに出会う確率は、そうした本であることが圧倒的に高い。

 とはいえ(2度目)、どんな本が心を揺らすかは、人それぞれだ。なので、僕の教育学生活の転機となった本を、ざっと6冊ほど紹介する。面白そうなのがあればぜひ読んでほしい。

 

●教育そのものへの興味

鷲田清一『京都の平熱』講談社

 なんとなく教育学部へ行こうと決めた高校3年生の5月。京都生まれ京都育ちの哲学者の鷲田先生が地元のことについて書いたエッセイが売っていたので読んでみたら、思いのほか(失礼)面白かったのだ。そこでちょっと教育について触れた節がある。

「教育」だとか「人づくり」「次世代育成」などと、ひとは言う。「育てる」というこの他動詞のことばが好きではない。じぶん自身をもてあまし、扱いあぐねているおとなに、「育てる」というえらそうな物言いがほんとうにできるのか、と。「青少年の育成」ということを口に泡して語るごとに、おとなたちはじつは、じぶんが内に抱えこんだ渇きやもがき、あがきを隠しているのではないか、と。(中略)「育てる」より、「育つ」という自動詞のほうが抵抗は少ない。(p.228)

 

 雷に打たれたような気持になったことをよく覚えている。高校生の僕が「教育学部に行くっていっても、そもそも自分だって大したことないのに、人に教えるなんてなんて高慢なことなんだろう」と思っていたら、鷲田先生が同じことを言ってくれていた。大変心強かった。

 

●人が育つとはどういったプロセスなのだろう?

 さて、教育学部に入ったはいいものの、色々疑問が出てくる。教育とは何か?人が育つとはどのようなプロセスか?では、「学ぶ」は?何を目的に教育を行うのか?何が「良い」教育なのか?

 教育学部のくせに教育のことが分からないのだ。アイデンティティの危機である。とはいえ、上のような疑問に完全に答えてくれる絶対的な答えなど存在しない。自分や周りが納得できる、そして教育する対象に誠実であるような論理を、自分で作り上げていくしかないのだ。そのためのヒントとなったのが、以下の2冊だ。

矢野智司『意味が躍動する生とは何か―遊ぶ子どもの人間学世織書房
意味が躍動する生とは何か―遊ぶ子どもの人間学

意味が躍動する生とは何か―遊ぶ子どもの人間学

 

 遊んでいる子どものあの比類ない喜びや楽しさはどこから来るのだろうか?子どもたちは遊ぶことでどうなっているのだろうか?子どもという在り方が、意味を創造しながら豊かに生きていくうえで不可欠であることを示してくれる。

高橋勝『経験のメタモルフォーゼ―〈自己変成〉の教育人間学勁草書房
経験のメタモルフォーゼ―〈自己変成〉の教育人間学 (教育思想双書 9) (教育思想双書 9)

経験のメタモルフォーゼ―〈自己変成〉の教育人間学 (教育思想双書 9) (教育思想双書 9)

 

 人の成熟の行きつく先、つまり教育の目的地とはどこなのだろうか?という自分の疑問にたいして、「そんなものはない」とぶつけてくれた本。つねに流動し続け、自己編成し続けていく経験の様態そのものが重要である、ということを丁寧に論じてくれている。

 

●世界の教育事情は?

アマンダ・リプリー『世界教育戦争』中央公論新社
世界教育戦争

世界教育戦争

 

 

 PISAで世界各国の教育への注目が高まった。おかげで「ウチの国の学力は○位だ」と一喜一憂している。HONZの書評が面白いので、そっちを読んでほしい。

 

●幼児教育

ジェームズ・J・ヘックマン『幼児教育の経済学』東洋経済新報社
幼児教育の経済学

幼児教育の経済学

 

 もはや、幼児教育界隈では必読書になっている本だ。非認知能力(社会情動的スキル)が、社会的な成功を果たすうえで重要な要素である、ということを縦断的な調査により証明している。そして幼児期の教育こそ、非認知能力を高める最も大切な時期なのだ、という主張をしつつ、データで読者を殴ってくる。読み終わった時には「やっぱり幼児教育こそ重要なんだ!」と、いい意味で(?)洗脳されている。僕は洗脳された。

 

●図書教育

アントネッラ・アンニョリ『知の広場―図書館と自由』みすず書房
知の広場――図書館と自由

知の広場――図書館と自由

 

 膨大な情報が、インターネットで検索できる時代である。図書館はどんな場所になっていくのだろう?学校であれば図書室という場所がある。図書教育というものがある。読書という経験を、読書経験をする、図書と出会う場所を、どのように考えていけばいいのだろうか?

 本書では、地域のソーシャル・キャピタルを豊かにする場所としての図書館の在り方を提供してくれている。

水族館の「リアル」さ:【感想】溝井裕一『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』

 溝井裕一の『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』がとても面白かったので、感想を残しておく。

 

 

 

水族館の文化史―ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界

水族館の文化史―ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界

 

 

 

 

ゆらゆら、きらきら。

 

 

 水のなかに住んでいる魚たちが、僕らの目の前を悠然と泳いでいる。あたかも、自分が海のなかにいるような感覚に陥ってくる。彼らは、僕らに目もくれず、超然と水の中を移動する...

 

 人々は、このような水族館のもつ魔術的な側面に魅了されてきた。同じ環境で、決して生きて出会うことのない「水族」の世界を、自分たちの手で作り出すことに憧れた。

 

 

アクアリウムをつくることは、気晴らし(レクリエーション)であると同時に、再創造(レクリエーション)なのだ。そしてそれこそが、アクアリウム(水族館)が、むかしもいまも、人びとを魅了してやまない理由である」(71)

 

 

 博物学と共に進展してきた水族館は、近代になって、大衆と深く結びついていく。

そこでは、ジュール・ヴェルヌの『海底二万海里』の世界、あるいは、浦島太郎の竜宮城のような世界のような水族「観」によって、近代水族館はテーマ化されていく。

 

 

人びとは、ただ水族を『見る』だけでは満足できず、彼らの暮らす世界へ入っていくような感覚を求めるようになった」(213)

 

 

 没入感を高めるため、没入感の妨げになるものは目に見えないような仕掛けが施されるようになっていく。ガラスや天井を支えるフレームや柱を岩に見せかけるようにしたり、魚の大量死やバクテリアの繁殖といった幻滅を誘う要素は、目に入らないようにした。

 

 

水族館は、たんなる水中世界のコピーではない。それは、オリジナルをモデルとしながらも、体験を操作することによって、オリジナルを超えた現実感をもたらそうとする」(214)

 

 

 こうして、近代水族館は「ディズニー化」してきた。僕たちが水族館に行って感じる「リアリティ」は、生き物の病気や死が取り除かれた「編集された自然」なのだ。それは、ヴォルター・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』で指摘したメディアのあり様である。

 

 

画家によるイメージが全体的なものであるのに対し、カメラマンによるイメージはばらばらに寸断されたものであり、その諸部分は、のちにある法則にしたがって集められる。このような映画による現実描写のほうが、現代人にとって比較にならぬほど重要であるのは、現代人が芸術作品から正当にも要求している、器械装置から解放された現実の姿を、映画の描写がまさに現実のなかに器械装置を浸透させることによって与えてくれるからなのである」(ベンヤミン、1995(1935/36)、616)

 

 

 現実のなかに器械装置が浸透することで、逆説的なことに、より「リアル」な現実のイメージが創出される。新井克弥は「本物より、より本物らしい偽物が備えるリアリティー」「本物でなくても私たちが慣れ親しんでいるイメージのほうがむしろ本物だと感じる感覚」(新井、2016、89)を「ハイパーリアリティ」と呼んでいるが、僕たちが水族館で感じるリアリティとは、まさにこれだろう。

 

 

あるいは、こうもいえるかもしれない。水族館は、シミュラークルをとおして『自然』を知覚する、いわば『自然のシミュラークル化』ともいうべきプロセスの一翼を担っている、と」(272)

 

 

 水族館では、水族の生活が「二次創作」(シミュラークル)的に消費される。現代の水族館では、プロジェクションマッピングやAR展示等、各所でヴァーチャル・リアリティ技術が導入されてきている。「リアル」と「ハイパーリアル」とが融合した「自然のシミュラークル化」は、これからより一層、進んでいくのだろう。

 

 

(引用、参考文献)

ヴォルター・ベンヤミン(1935/36)「複製技術時代の芸術作品」、(1995)『ベンヤミン・コレクション』一、ちくま学芸文庫、583-640

新井克弥(2016)「ディズニーランドの社会学青弓社

溝井裕一(2018)『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』勉誠出版

岡山駅周辺のおすすめカフェ5選:がっつり読書や勉強をしたい人へ

 昔から自宅にいると読みかけの本が読みたくなり、あるいはゲームがしたくなり、全く勉強にならなかった。なので、勉強したり作業したりするときには、よくカフェを利用していた。

 

 読書や作業をするときには、なるべく他の客との関係が断ち切られているような環境が良い。なにより人が少ないところが良い。しかし人が少なすぎてもお店が潰れてしまうので、難しいところである。

 

 大学進学を機に関西から岡山へ来たが、岡山でもそうしたカフェを求めてさまよっては、長時間読書や作業に勤しんでいる。

 この記事では、そういったカフェの中からオススメのお店を5つほどお伝えしたい。場所は岡山駅から歩いていけるようなところに絞っている。

 

 

サンマルクカフェ 岡山表町店

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https://www.google.co.jp/amp/s/s.tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33002040/top_amp/

 いきなりチェーン店かよ!と思ったあなた、落ち着いてほしい。ここの2階は岡山一集中できるところだ。サンマルクの肘かけついた安楽椅子は、本当にゆっくりできるし、小腹が空いたらチョコクロワッサンを食べればいい。

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 同じように勉強しに来ている学生や社会人、中には高校生も見かけるので、こっちも集中してしまう。auユーザーであればwi-fiが使える。

 なにより僕が学生時代、勉強時間のほとんどをこの場所で過ごした。

 

オンサヤコーヒー 表町店

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 表町商店街にあるカフェである。ここのコーヒーはとても美味しいし、個人的にはトーストが美味しい。(※個人の感想です)

 無料wi-fiが通っているのもポイントが高い。一見席数が少ないように見えるが、実は2階もある。ここではコンセントも借りれてがっつり作業ができる。

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 ただし、2階は喫煙オーケーなので、タバコの匂いが気にならない場合に限る。

追記:トーストは無くなってしまった。そのかわり、大変美味しいランチメニューが充実した。

cafe moyau

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https://www.google.co.jp/amp/s/s.tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33009049/top_amp/

 後楽園を旭川に挟んだ向かい側にあるカフェ。

 「本の部屋」と呼ばれるスペースはとても静かで、気が済むまで作業ができる。冬になれば2階にコタツが入る。ご飯やスイーツもとても美味しいので、下手すれば一日中居座ることになる。

 お店のスタンスがこんなのなので、安心して長居ができる。

www.cafe-moyau.com

 しかし、この記事で一気に有名になり、土日は人が増えてしまったのがちょっと残念である。平日に行きたい。

 

CoMA coffee

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 岡山駅を東に出ると「桃太郎大通り」というセンスのない名前の目抜き通りが、岡山城まで一直線に通っている。その道のどんつき、一見どっから入ったら初見では絶対分からないような場所にこのカフェはある。

 ここで頼むラテは、どこのラテより美味しい(※個人の感想です)目抜き通りを上から見下ろしながら、永遠に読書ができる。

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追記:先日行ったらラテがなくなっていた。残念。

 

岡山珈琲館フラブラティエ

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 岡山駅からすぐ、飲み屋街のど真ん中にあるにもかかわらず、ここだけ時空が違うみたいに、雰囲気がゆったりしている。営業終了時間が、普段は午前0時、金曜土曜は午前1時と、夜にがっつり作業したい人に向いている。

 飲んだ後の酔い醒ましで、ここでコーヒーを飲みつつ勉強することもできる。というかよくしていた。



 以上、岡山駅から歩いていけるカフェを紹介した。


なぜ公園から子どもがいなくなったのか:都市公園設置の意図からのレポート

1.子どもと公園

 文部科学省が行っている「体力・運動能力調査」によると、年々子どもの体格は向上しているにも関わらず、体力低下傾向にあることが報告されている。その要因として「三間」の減少が注目されている。しかしながら、外遊びの空間の縮小化が、子どもの外遊びを減少させ、体力低下につながったという見方ははたして本当なのだろうか。主たる遊びの空間とされる公園に目を向けると、既存の広さに縮小化は見られない。東京都を例に挙げると、都市公園の数は昭和32年では320ヵ所であったにもかかわらず、平成23年では11,217ヵ所となっている。つまり、外遊び「空間」の縮小化が、子どもの外遊びを減少させ体力低下につながったという見方は一部にすぎず、空間を原因とする背景については、何らかの別の理由が存在しているものと推測される。

 平塚・引原(2015)は、その要因として、現在の子どもには公園という遊び空間そのものの魅力が失われているのではないかと指摘している。例えば、放課後における児童の遊び場所について調査した安恒(2009)の報告によると、どの学年も「自宅」や「友達の家」など室内空間を選択した者が過半数を占める。さらに、自宅外の空間では「公園」よりも「学校」と回答する者が多くみられている。

2.公園の教育的意図

 都市公園は、経済規模に見合う「生活の豊かさの向上」、すなわちゆとりと豊かさを感じる生活資本の整備および充実という課題の中で成立してきた。都市装置というインフラの充足に対する社会的欲求が高まり、なかでも都市公園・緑地などの緑環境に関するニーズは従来の自由時間の増大やレクリエーションなど個人の余暇生活の充実のためだけでなく、長寿・福祉社会への対応、安全で快適なまちづくりなど社会全体においても必要不可欠な根幹施設として位置づけられるようになった。そのような社会的要請のなかで、都市公園が整備されていく。

 子どもへの文脈に目を向けると、昭和40年当初から、次に挙げるような子どもを取り巻く環境の急激な変化に対して、子どもの遊び場=児童公園の整備に対する要望が出されるようになった。

  • 家庭における庭が喪失し、子どもが手近に利用できる空地がなくなったこと
  • 都会における自動車交通が激化し、子どもが手近に利用できる空地がなくなったこと
  • 学校運動場が開放されなくなったこと

 このような社会情勢を背景として、昭和47年に都市公園の緊急かつ計画的な整備の促進、都市環境の改善を図ることを目的とする「都市公園等整備緊急措置法」が制定された。このような、昭和40年代の都市部における子どもの地域環境の急変を背景とした、子どもの遊び場の整備に対する要望をきっかけに、 「都市公園等整備緊急措置法」 に基づく「旧称児童公園」の整備促進が図られた。

 しかしながら、その後の著しい都市化の進展、都市構造の変化、高齢化の進展、国民の余暇ニーズの変化・多様化、環境問題の顕在化等を背景として、国民生活を取り巻く状況や国民の価値観、ライフスタイル等に大きな変化をもたらすようになった。このような社会状況から平成5年6月、都市公園法施行令が一部改正され都市公園制度が改められた。「もっぱら児童の利用に供する都市公園」と規定され、主な利用対象を児童としてきた児童公園については、少子高齢化の進展により、児童公園の利用者や利用方法が変化してきていること、地域の実状や創意工夫が活かされたものとすることについての要望が高まってきていることなどから、児童を含む広い年齢層の住民のライフスタイルに適する公園として整備することに変更され、区分名称も「街区公園」となった。

 旧施行令では、主な利用者である「児童」の年齢について特に規定していないが、児童公園の整備の基本とされていた緑地計画標準では、児童公園を幼児公園、幼年公園、少年公園とに区分し、幼児公園および幼年公園に共通する目的として「児童の『遊戯』の用に供するもの」とされている。このことから、児童公園の主な利用対象年齢は、幼児および11、2歳以下の児童(小学生)とされてきたと考えられる。

 建築基準法都市計画法の影響により、集合住宅のオープンスペースは、北側や中庭といった、日光の照射量が少ない空間に確保されることが多い。このため、住民の交流スペースであると共に、子ども達の遊び場となるべく空間の質は非常に「不健康」な空間となることが多い。

 このように、公園は「子どものため」から「市民のため」へと変容してきた。公園に置かれる遊具も、子どもの遊戯のための遊具から、大人のための健康遊具へと移行し、公園は私たちの認識とは裏腹に、その性格を大きく変容させたものとなっている。


【参考文献】

・東京都総務局統計部(1957~2011)「東京都統計年鑑」http://www.toukei.metro.tokyo.jp/tnenkan/tnindex.htm

・平塚寛之、引原有輝(2015)「街区公園の現状分析ならびに子どもの利用状況と興味関心」、『発育発達研究』67、pp. 1-15

・安恒万記(2009)「都心における子どもの遊び環境について:「放課後の遊び場づくり事業」事例」、『筑紫女学園短期大学紀要』40、pp. 39-51

・申龍徹(2003)「都市公園政策の歴史的変遷過程における「機能の社会化」と政策形成(1)」、法政大学法學志林協會『法学志林』100(2)、pp. 83-163

・一般社団法人日本公園施設業協会 共同研究(2015)「子どもの発育・発達に及ぼす公園の利用に関する研究」https://www.jpfa.or.jp/activity/chousa-kaihatsu/images/02.pdf

ミニベロで木曽路をゆく(塩尻〜木曽福島)


「木曾路はすべて山の中である」


 島崎藤村『夜明け前』の書き出しで、こう書いている。


 北アルプス御嶽山中央アルプスに挟まれた谷間。そこを縫うように、木曽路が走っている。


 さて、塩尻ー中津川間の木曽路チャリダー(自転車で旅する人)に人気なコースらしい。昔の情緒漂う木曽路の宿場町を巡るのだ。


 ただ、大抵の人は整備された国道に沿って進む。旧街道原理主義からしてみれば、由々しき事態である。昔から変わらない木曽路をトレースしたいのなら、石畳だろうがなんだって行くべきなのだ。(暴論)


 ということで、塩尻からなるべく旧街道に従って自転車を進める。なお今回はミニベロだ。


 今回参照したのは、このサイトである。

https://gpscycling.net/tokaido/nakasendo.html

あと、木曾観光連盟が発行している木曽路ガイドマップが中々いい。

https://www.ginza-nagano.jp/library/book/60002/m/index.html#page=1


 塩尻駅の西口からスタートする。本当の街道は、塩尻駅の南にあるので、まずそこに合流する。

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基本的には、19号沿いに進み、宿場町に近くなると脇道に逸れていく。


洗馬宿

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本山宿

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本山宿を過ぎたあたりで木曽路となる。

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贄川宿

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奈良井宿

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 問題は奈良井宿を過ぎた場所だ。木曽路最大の難所、鳥居峠だ。入り口に鳥居峠越えのマップがあり、これが参考になる。

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 入りは石畳になっており、しばらく進むと完全な山道になる。自転車は押して進むしかない。

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奈良井宿が見える。随分登ってきた。

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ところどころ熊よけの鐘が掛けてある。

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下りの最後も石畳だ。足首を捻りにかかっている。

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ここを過ぎたらもう後は楽なものだ。

藪原宿

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宮ノ越宿

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福島宿

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ここで休みが無くなったので、今回の旅はここで終わり。

また時間があれば続きをやる。

静岡の有名な「さわやか」のハンバーグを食べに行った話

 静岡の名物といえば、「炭焼きレストランさわやか」のげんこつハンバーグである、と聞いたことがあった。たまたま静岡に行く機会があったので、せっかくなので行ってみる。

 

 今回行ったのは富士鷹岡店。JR身延線入山瀬駅から徒歩10分くらいのところにある。

 

 僕は富士駅から自転車で行ったら、30分弱かかった。

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平日は11:00開店だが、今日は日曜日なので10:45開店だ。

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10:00から受付を開始しているとのことで、10:02に行く。どうやら僕が一番だったらしい。

 

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 店員さんに「今しばらくお待ちください」といわれ、店の周りを散策して過ごす。周囲は典型的なロードサイド店舗で、特に見るものはなかった。富士山は見える。

 

 10:40にもう一度訪れる。待合の椅子はもう人でいっぱいだ。待ち組は40を超えている。

 

10:45に「一番の方どうぞー」と呼ばれる。一番奥の席へ。無駄な優越感。

 

選ぶのはもちろん「げんこつハンバーグ」

サラダとご飯orパンのBセット。パンを選ぶ。

ソースはオニオンソースを選ぶ。これが一番オススメらしい。

 

油受けのさわやかマップとやらを渡される。

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右下に書かれた豆知識、分かりづらくないか...

 

 テーブルはすぐに埋まらない。店員さんは一テーブルずつ、丁寧に対応をしていく。ホスピタリティに満ち溢れている。

 

 サラダに続いて、まん丸のハンバーグがやってくる。店員さんが目の前で半分に切って、熱々の鉄板に押し付ける。

油と肉汁が飛び散ってくるので、さっきのマップで受け止めつつ待つ。

油と肉汁の跳ねが落ち着いたら食べごろだ。

 

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ハンバーグを切ってみると、中は赤いままだ。

 

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食べてみる。美味しい。なによりオニオンソースが美味しい。

トッピングの人参も美味しい。どうやって作ったのだろう。

 

パンも熱々で、あっという間に食べてしまった。

 

 食べ終わって周りを見わたしてみると、入り口には人が並んでいるのに、まだちらほら席が空いている。店員さんが十分な接客が出来る範囲で案内しているのだろう。

 

会計が終わると、「お口直しのハッカ飴をどうぞ」と、ハッカ飴をいただいた。

 

最後までホスピタリティにあふれていた。また行きたい。

民族間の差異の形成と強化の過程の一考察:北アイルランドにおける文化的アイデンティティとしてのスポーツ文化

学部生のときにかいたやつ

1.はじめに

 北アイルランド問題は、アイルランドにおいて多数派のカトリック系住民と、イングランド系・スコットランド系において多数派のプロテスタント系住民間における民族問題である。イギリス連邦に所属する北アイルランドでは、たびたび独立運動が行われている。近年では、1970~90年代に北アイルランド紛争として、カトリック系住民による激しい分離独立運動が行われた。また、2016年のイギリスのEU離脱をめぐる国民投票では、アイルランドへの帰属を訴えてきたカトリック系住民の多くはEU残留を支持し、一方プロテスタント系住民の多くはEU離脱を支持するところとなり、対立が顕在化する懸念を帯びている。

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 一方、スポーツは一般的には各人の自由な意思の下になされる活動と定義される。しかし、歴史的にスポーツは政治に利用されてきた。1936年のナチスドイツによるベルリンオリンピックのように、国力を証明するためであったり、群衆の支持を得るためであったり、さまざまな理由が存在するが、政治的目的を達成するための手段としてスポーツが重要な役割を担ってきたことは、歴史的事実である。さらには、象徴的に祭り上げられた民族スポーツが国民的に受け入れられ「自分たちの文化」として認識する現象もみられる。したがって、スポーツは、集団への帰属意識を促す政治的構造に組み込まれうると考えることが可能である。

 大沼(2003)は、北アイルランドにおいて、英国スポーツに対抗するというナショナルな役割を持つアイリッシュ・スポーツが見出されていった過程を明らかにしている。また、海老島(1998)は、北アイルランドにおけるコミュニティ分断に関して、スポーツが関与した重要性を指摘し、それぞれのコミュニティが、その個別性を表現する手段としてスポーツを利用してきた過程を明らかにしている。

 以上の二人の研究を踏まえて、北アイルランドにおける異宗教住民間の差異の形成と強化のプロセスにスポーツがどのように寄与してきたかを、エスニック境界論に依拠しながら考察する。

 

2.北アイルランド問題の構図

 アイルランドにおける英国の支配は、1690年のボイン川の戦いで、プロテスタントウィリアム3世カトリックジェームズ2世を破ったことで確立したとされる。以降、多数派のカトリックに対する少数派のプロテスタントの優位が、政治・経済を含めあらゆる場面を通じて構造化されることになる。1992年に「アイルランド自由国」の誕生し、英国から独立を果たすことになるが、スコットランドからのプロテスタント入植者が多かった北部アルスター地方は分離され、現在のアイルランド共和国北アイルランドに分割された。北アイルランドプロテスタントカトリックともに4割を占め、ナショナリストユニオニストの政治的対立に呼応している(大沼 2003, pp. 90-91)。

このような歴史的背景から、北アイルランドにおいては、宗教コミュニティはそのまま民族集団として置き換えることができる。したがって、プロテスタント系とカトリック系の対立という構図は、その背後にケルト人としての、アイルランド人としてのアイデンティティと英国国民としてのアイデンティティの対立を孕んでいるといえる。

 

3.スポーツによる差異の形成

 大沼(2003)は「英国スポーツ対アイリッシュ・スポーツといった構図はまた、社会的エリート対民衆という関係とパラレルであった」(大沼 2003, p. 93)と指摘している。大沼は、英国スポーツのカウンター・スポーツとして見出されたGAA(Gaelic Athletic Association)に注目する。GAAとは、ゲーリック・ゲームズと呼ばれる伝統的なアイルランドのスポーツの統括と普及を目的とした団体である。北アイルランドでは、プロテスタント系市民が伝統的に中上流階級を占めるという傾向が現在も根強く残っている。社会的エリート層へのプロテスタントの包摂と、そこから排除されるカトリックという構図があるなかで、英国スポーツは、カトリックにとって英国支配のシンボルとなっていた。こうしたなか、アイルランドの伝統スポーツを復活・保護・育成を通じて組織化していったGAAの取り組みは、「英国スポーツに対するカウンター・スポーツ」(大沼 2003, p. 93)として取り上げられることとなる。GAAの試合開始前の国旗・国歌はもとより、テレビ・ラジオ等のメディアに登場するのはゲール語であり、北アイルランド内でのGAAはカトリックのスポーツと同義となっている。

 このように、北アイルランドにおけるカトリックのスポーツ文化として、GAAが見出されたということは明らかである。つまり、プロテスタントvsカトリックという構図において、カトリック集団によって英国スポーツ文化に対するアイリッシュ・スポーツ文化が見出された。こうして、スポーツは、北アイルランドにおける宗派的社会的分断つまり差異を構成する一要素として組み込まれた。

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 GAAにおけるメジャー・スポーツのゲーリックフットボール

GAA: Dublin v Mayo All-Ireland football final key battles | GAA News | Sky Sports

 

4.スポーツによる差異の強化

 集団間の差異を強調する重要な役割を担うひとつに教育が挙げられるだろう。海老島(1998)は、カトリック校におけるGAAとプロテスタント校におけるラグビーが、それぞれの相違を顕著に示すシンボリックな役割として機能していると指摘する。北アイルランドでは、カトリックプロテスタントは、それぞれ別の教育制度において教育を受けている。そして、カトリック系のセカンダリー・スクールでは、GAAの種目だけが主にプレーされる。一方、プロテスタント系のセカンダリー・スクールだけが競技としてラグビーを採用している。そしてこのことは、海老島が、「アイルランド社会においてスポーツの位置づけや、生活における浸透度は非常に高いため、学校でのスポーツ体験、その後のシニアレベルでのスポーツ実践は異なった社会を象徴する大きなバックボーンになってしまっている」(海老島 1998, p.102)というように、別々の教育システムが社会の文化的分断を再生産させるキー・ファクターとなっていることは明らかである。言い換えれば、セカンダリー・スクールにおけるスポーツ種目の選択が、北アイルランドに根付いた宗教集団間の差異を強化する働きを持っているということになる。

 

5.結論

 本考察では、北アイルランドの集団間における差異の形成と強化に、スポーツがどのように寄与してきたかを考察してきた。北アイルランドにおいては、伝統スポーツがナショナリストによってコミュニティの個別性を表現するスポーツ文化として象徴的に取り上げられ、教育制度によってその個別性を再生産されてきたことを示した。しかし、北アイルランドの全てのスポーツが集団間の境界を生みだしているわけではない。サッカーはカトリックプロテスタント双方に広く受け入れられプレーされている。教育現場においても、分断された教育カリキュラムのなかでもサッカーは双方にとって主要なスポーツ種目となっている。もちろん、大衆化したが故に、チームのコミュニティ基盤や地域性による対立など、別の問題が映し出されることになるが、サッカーを取り巻く環境には、異なる社会背景をもつ人々の交流となる大きな可能性を秘めていることは確かである。

 

【引用・参考文献】

海老島均(1998)「分断された社会におけるスポーツ:アイルランドにおけるスポーツのシンボリズムと文化的多様性に対する寄与に関する研究」、『スポーツ社会学研究』、Vol.6、pp, 98-102

大沼義彦(2003)「アイルランドにおけるスポーツの背景:エスニシティとナショナル・アイデンティティとの間」、『北海道大学大学院教育学研究科紀要』、第89号、pp, 89-103