きつねののーと

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水曜どうでしょうが面白かった

 

 水曜どうでしょうの面白さを語っているブログなぞ山ほどあるし、本だって出ている。けれどもやっぱり、自分でも語りたくなってしまう不思議。

 

 笑いのツボって人によって異なるはずなのに、それでも多くの人に受けているのは何故だろう?考えるにあたって、自分なりにウケたポイントを2点あげる。

 

 まず一つ。当人も自称しているが、あの番組は「旅番組」ではなく、「移動番組」である。

 

 「旅番組」は、ある特定のスポットで楽しむことがメインである。その場所で見る景色、味わう食事、アクティビティ体験等に重きが置かれる。ここでは、スポット間の移動は、あくまでも副次的なものとして取り上げるに過ぎない。

 

 反面、「移動番組」は、ある特定のスポットで何かを為すことを目的としていない。移動そのものに目的がある。移動した結果、あるスポットにたどり着いたに過ぎないのだ。

 

 移動中にあーだこーだすることの楽しさ。だいたい、よく考えてみてほしい。旅行時間の多くは、移動時間ではないだろうか?「温泉旅行に行く!」といっても、実際に温泉に入るのは2時間くらいで、温泉がある山奥に行って帰る時間の方が、長くはないだろうか?(暴論)

 

 つまり、大事になってくるのは「いかに移動するか?」であり、水曜どうでしょうの企画の半分は、この要素で構成されているといっても過言でない。「サイコロの旅」シリーズなんかその最たる例だし、「原付」シリーズだってそうである。「その距離を、その制限時間で、その移動手段で」行くこと自体が面白くなるのだ。

 

 もう一つは、人を不快にさせない笑いを提供することである。

 

 不快になるときがどんなときかといえば、相手を「イジる」ときであろう。人の身体的特徴を揶揄したり、バカにしたりするときである。しかし、同じ行為を行っても、時と場合によっては全く不快に思わないこともある。

 

 水曜どうでしょうの醍醐味といえば、旅の途中でおこる言い合いだが(偏見)、あそこで飛び交う罵詈雑言は、この「時と場合」の問題を見事にクリアしているのだ。

 

 つまり、視聴者が安心して観ることができるのは、「水曜どうでしょう」という番組を構成している世界のルールを、番組を見ているとすぐに、視聴者自身が了解できるからである。視聴者が出演者同士の関係を良く知っているから、安心してイジリを楽しむことができるのだ。

 

 水曜どうでしょうの面白さは、他にも色々あるだろうが、僕がハマったのは以上の2つが主な理由だ。こうやって、色んな側面から面白さが見出されれば、さらに面白くなっていくだろう。

 

 

 さて、書きたいことは書いたので、対決列島でも観直そう。