夜のベランダから

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現代芸術

  • 見ても何とも思わないことが多い。
  • 学生時代に瀬戸藝の作品を見に瀬戸内の島巡りをしたけど、「おーこれがポスターに載ってたやつか」くらいの感想しかなかった。 写真は撮った。
  • 瀬戸藝に代表される現代芸術を鑑賞してても、前提知識が必要であんまり面白くない。
  • 言い方が誤解を招くな。古典芸術だって前提知識がいる。現代芸術の鑑賞においては、また違う前提知識がいる。
  • 作品というより、作品を作る過程、作家の人生に焦点が当てられる。
  • つまり作品が完成していった文脈に焦点が当てられる。
  • あんまり面白くない。作品自体を批評しろよ。
  • とはいえ唯美主義ってのもよく分からない。ホンマに全員が美しいと思う作品なんてあるの?と思う。
  • 見る者がいて初めて芸術が完成して欲しいのは、こちらのエゴなのかな。
  • 少なくとも唯美主義とは真逆の思想だ。
  • ウィトゲンシュタインは言う。 「芸術作品は永遠の相の下にみられた対象である。そしてよい生とは永遠の相の下にみられた世界である。ここに芸術と倫理の連関がある。」(1916.10.7『草稿』)
  • この思考に則れば、芸術は見た者によって生まれる。そこに芸術の意味がある。意義でもある。
  • ちゃんと意味と意義を峻別しろ。めんどくさい。
  • なので、見る者の事情や作品そのものというより、その周辺の文脈で持って批評をする現代芸術の鑑賞の仕方はあんまり好きでない。 逆に養老天命反転地とかはとても良い。

休日の過ごし方

  • 晴れて社会人になって、休日の過ごし方に変化があるかなと思っていたけれど、あんまり変化がない。
  • 朝9時くらいに起き、まずコーヒーを淹れる。各SNS、サイトを巡回しながらのんびりと飲む。
  • 外に出る用事がある場合、シャワーを浴びる。ここで髭を剃る。
  • そうこうしているとお昼近くになる。
  • お昼を食べながら読書をする。たまに論文を読む。
  • またコーヒーを淹れる。一日に3杯までと決めている。
  • 夕飯の買い出しは16時から行う。冷蔵庫や物置にはなるべく食べ物を置かないようにする。なるべくその日食べるものだけを買う。

  • 学生の頃は毎日が休日みたいなものだった(期日までに論文という成果を出せば良かった)だけで、結局休日自体の過ごし方は、社会人になってもそう大きく変化はしていない。

  • お金に余裕ができたので、買い物の量が増えたかもしれない。

  • COVIDのおかげで買い出しやランニング以外で外に出ることはないが、元々屋内で何かする、一人で何かする趣味ばかりなので、あまり影響はない。

  • そういう状況だから、「外に出てはいけない」みたいなストレスを感じることはない。
  • そういう意味では安定していて良いのかもしれないが、「社会人」としての進歩はないので周りとの目との折り合いをどうつけるかは考えなければいけない。
  • 社会で生きている以上、人の目を気にしないで生きるというのはありえないのだから。

仕事を始めて半年

  • 働き始めて半年の感想。
  • 3月で大学院を修了し、この4月からあるこども園で正規採用となった。やっている仕事はほぼ事務。
  • 家に帰ってしまうと、寝るまで時間があっても何かやろうとする気力がなくなっている。何か生産的なことをしたい場合、職場から家路につくまでに何かしたほうがいい。つまり学生の時と変わらない。
  • 社会保険等の全体像が見えなくて、自分が社会的にどう守られているのかが分からない。
  • 定期的にまとまったお金が入るってすごい(小学生か)
  • エクセルの知識が無駄に増える。IF関数超便利。SUMPRODUCT関数いつもありがとう。とはいえ、まだ作業工程は多いのでいい加減マクロを覚えたいが、優先順位は高い方ではない。先に学習すべきことが他にある。
  • プログラミング入門サイトのProgateをちょろっとやってみてから、休みの日にはたまにHTMLとCSSに触れて遊んでいる。markdownを使うためにAtomの使い方を色々覚えたのがここで功を奏している。
  • 大体の支払いをApple payとカードで済ませているので、何かそれなりの額を現金で支払わなければならない場面はドキドキする。
  • 教育・保育というより経営側の立場で働いているから、有用性が思考原理になる場面が多い。敬愛していた教育哲学の先生がにやっと笑って「●●さんも資本主義に染まるんですね」と言っていたのが思い出される。
  • 職場は特定の人間関係によるストレスがたまる。音楽をかけるか、イヤホンをつけたいけれど業務上それは叶わない。

1月の日記・雑記

1/5 卒業と次

大学院修士課程修了が現実味を帯びてきた。修了すれば働き始めることになる(一部界隈では「退院」と揶揄されている)。

大学生になってからは、社会において「学生」という属性がポジティブに受け取られることを早々に知って、その属性を利用し、また甘受してきた。この鍵カッコが付く「学生」は、若ければ若いほど効力を発揮している謂わば呪いみたいなものなのだが、それを僕は修士まで御守りのひとつとして活用してきた。

卒業と同時に「学生」ではなくなるため、この御守りは使えなくなってしまう。例えば、Twitterで「社会に出ると誰も注意をしてくれないだけで許されているわけではない。そして、あなたが気づいていない扉が音もなく閉じている」というのを見た。大学だって広義の「社会」ではあるけれど、「学生」でいたうちは誰か注意してくれていた人がいたのだ。

そういった恩恵ももうなくなるわけで、「社会人」になることより「学生」でなくなることを多少の覚悟しておかなければならないなと思う。

1/14 振り返り

修論がほぼ書き上がった。僕がこれ以上修正する気力が失せたと言ってもいい。論文提出の後も抄録の作成や口頭諮問の準備があるので、しばらく研究活動自体は続くが一応は区切りがついた。

ここ数日、自分の書いた論文を見直しながら、学生生活で出会った人たちのことを振り返っている。3年以上一緒にシェアハウスをした友人は元気だろうか。結局やってもらってばかりだった。肉ばかり食べていて野菜を一切食べていなかった先輩は結婚したらしい。結婚して野菜も食べるようになっただろうか。下宿から程近いところにある弁当屋のお婆さんは、僕を学生だと見るや、いつもご飯を多めに入れてくれ、さらにおまけでお惣菜を付けてくれた。それで350円だった。留学のために休学していた友人は去年まで大学にいて、僕がやりたいことに色々付き合ってもらった。よく温泉に一緒に行った。彼は地元で教師になった。最近インスタに投稿していないが、元気にやっているだろうか。

大学という、多様な評価軸が保障されている場所では、こちらが意図せずとも全くタイプの異なる人と関係を持つことがある。偶然性が排除されていないともいえる。その場所が心地良くて、もう少しで終わるのが寂しくもある。

12月の日記・雑記

インフルエンザに罹った

10年ぶりにインフルエンザに罹った。前に罹ったときの身体のだるさやしんどさはもう覚えておらず、「ただ頑張りすぎた後に来るだるさ」との区別がつかないまま2日バイトを頑張ってから病院に診察に行くことになってしまった。こういった病気のしんどさを感じることはご無沙汰で、すっかり他人のしんどさに共感できないところまで来てしまっていた。折角の機会なので、この身体のようすを覚えておこうと、日々の経過を紙に起こして意識づける。これを機に病気に関する間主観的なコミュニケーションの取っ掛かりを少しでも取り戻せれば良い。「つらさ」や「弱さ」に共感することはヒトにしか出来ない機能である。

診断してもらいに、住んでいるところから一番近い診療所に行った。ただそれだけの理由で行ったのだけれど、インフルエンザの診断中は待っているしか無いのでぼうっとしていると、ある医者がやってきて「君、昔A病院に入院していた○○さんの息子さんかな」と言う。聞けばその医者は開業する前はA病院に勤めていて、亡くなった父の主治医だったらしい。笑いながら「その節はお世話になりました」とだけ返す。久しぶりの病気と同じように、10年以上前に死んだ父に関する情動もほとんど無くなっているのか、お世話になったらしいその先生には何も思うことなく、ただ場当たり的に返事した自分に少し驚く。

ふと、「ヒトは忘れる能力を持っている」という話を思い出す。事実や客観知は結構長くまで残っていても、特に情動は比較的すぐに忘れてしまう。失恋だって1年もあれば笑い話できてしまうのはそのせいだろう。その昔は関係者であったであろうその医者に、もはや何の個人的感情も湧いてこないのは、時間が経って忘れてしまい、またその人との関係性をリセットしてしまったからなのだろうな、とも思う。長く付き合う人は定期的に会っている人だという理屈はなかなか理に適っているなとも思う。

修論を前に

あまり前向きにやろうと思って始めた研究ではないので、なかなか前に進まず気付けば提出一ヶ月前まで来てしまった。まだ取っていないデータもある。データを取る為には複数の人にお願いをしに行かないといけない。反面、別にどうでもいいと思う自分もいる。そもそも修士課程に行った目的は研究ではなく、他分野の勉強とモラトリアムを延長するためで、それはほぼ達成している。

とはいえ世間体はそう見ないし、一応2年近く指導してもらっている指導教員の僅かな期待にも応えないといけない。「しないといけない」ことが多い場合、苦行になる。こちらとしてはなるべく楽しくやりたいのだけれど、それは指導教員との相性にも拠るところなのだろう。

保育という仕事

みんな辞めていく。

本当に保育園は生きるために働くには向いていない。

賃金が安い。働く時間が定時で余暇の時間が比較的あるとしても、自分の豊かな生活のためにかけるお金が少ない。日本で生きている限り、楽しさの多くは〈お金と時間〉or〈お金と知識〉をかけることによって成立するので、お金が少ないと人生が楽しくならない(人が多い)。

賃金が安いから人が数年経てば辞めていく。本当にポンポン辞めていく。辞めていくから人が足りなくなる。少ない人数で保育を回すから、先生たちの余裕が常に無い。見ていて辛くなる。

辞めていくから人を育てるという思考が貧弱になる。加えて、保育そのものをセンスで成り立たせている先生が多すぎる。確かに保育の良し悪しを決める第一の要素が先生の持つセンスだ。ちょっとした変化に気付く能力とか文脈を読む能力とか気遣う能力とか。これらって、いずれも元々その人が持っているセンス(先天的能力)であって、組織としてマネジメントする分には伸ばしにくい能力なのだ。それによって保育という行為が成り立っているから、先生の持つセンスを信奉する。なおさら育てようという思考が出てこなくなる。前に話した人は先輩に聞かなくても察して動ける新人が欲しいと言っていた。いつまでもファンタジーの話をしている。

育て方、町工場の職人教育みたいなことになっている。「他の先生を見て覚えろ」「身体で動いて覚えろ」という。言語として「この場合はこうする」と教えることがほとんどない。というか時間がない。だから新しく入ってきた人が馴染みづらい。ウィトゲンシュタインは「言語によるコミュニケーションのためには、定義の一致だけでなく、(奇妙に響くかもしれないが)判断の一致が必要である」(『哲学探究』242節)という。判断の一致には時間がかかるし、そのためには既にいる人たちのフォローが必要なのだけれども、「現場」ではその一致を待っている時間がとれない。なので同じ言葉でも、先生が指している事柄と新しく入った人が考えている事柄はいつまで経ってもずれている。3年もった先生は、そういうふるいにかけられてごく僅かに生き残った先生だ。けれどその先生ももうすぐ辞める。

人が少ないから役職が少ない。小さい園では3年もいれば主任になれてしまう。けれどそこでキャリアは打ち止めになる。保育というキャリアの天井が見えてしまう。仕事において保育業務以外に時間がなかなか取れないので、保育研究に時間が割けない。保育という職業に就く目的から、保育の追求という道が消える。残るのは「子どもたちと接すると癒される」「あたたかい人間関係」という売り文句になる。なのでみんな辞めていく。......この記事、万が一僕の現場を知っている人に読まれたら一定の怒られが生じる気がしてきた。

これから保育園はどんどん潰れていくんだろうな。「保育園落ちた、日本死ね」によって待機児童の問題が騒がれてから、行政は数年でこの問題を解決しつつある。園からしてみれば不安と隣り合わせだ。行政に言われて園をバンバン作って、既存の園は定員を増やしたのはいいものの、すぐに少子化の波がやってくる。連盟に加盟している園は既に定員割れの話をしている。もう怪しい園もある。住宅地開発が進んでいる地域なのに。体力のない保育園はどんどん潰れていくと思う。当然、未来のない園で自分の人生キャリアは描けないのでみんな辞めていく。

税金かけて保たないと保育は成り立たないのに、教育・保育業界にはどんどん競争原理が入ってきている。もう、時代に合わせて縮小していくこと、上手く撤退することに照準を絞っていかないと地域の小さな園は生き残れないと思う。

なんか話がずれてきてんな真面目に論理立てて書こうと思ってたのにいや全然論理立ってないし一般論の塊じゃねえかあと保育の仕事の話をするのか経営の話をするのかどっちかにしろすんません終わります(お前こういう感じで終わるの良くないぞ)

指導者の感情労働【メモ】

  • 同期の研究を手伝っていて、自分が考えた内容の整理
  • ホックシールド感情労働
  • 教師による教育は、感情労働の側面をもつ。
  • 教育行為は、他者を望ましい方向へと変えようとする積極的な意図行為である。
  • このとき当然に、教師自身が他者の他者性をどのように捉えるかが課題となる。
  • 伊佐(2009)は教師の感情労働について、以下のような構造を明らかにしている。「子どもの感情に対する働きかけが教授行為の基本を構成しており、教師が教授行為そのものを成立させるためには、子どもの感情を規定すると同時に、自己の感情をも規定することが求められる」
  • 教育的関係においては、教育行為の成立に感情労働が必要となることが理解できる。
  • 伊佐の指摘で注目すべきは「教師の感情労働は、強制され、他律化されるという一面をもちながらも、それと同時に、日常的な教育行為を成立させるために教師自らが行うという戦略的な側面をもつものでもある」ということである。
  • つまり、教師が感情労働を戦略として積極的に引き受けるのだ。
  • それは、教師自身の、教師としてのアイデンティティを確立する行為としても働くだろう。
  • 問題は、他律化される感情と、教師自らが行う戦略的な感情が、矛盾する、あるいは一致しない場合である。
  • 今までは教師の話であった。指導者に話を広げよう。これまでの教師は学校教師の略称であり、ここでの指導者とは、教師を含めた「教える者」として捉える。
  • まず、指導者は教師以上に、他律化された感情労働の因子をもつ可能性がある。
  • もちろんこの因子は、教育的関係の契約によって増減する。
  • しかしながら、指導者を取り巻く因子が、教師以上に多様であることは容易に想像できる。
  • 学習者のみならず、学習者の関係者(家族、友達)・指導者の関係者(雇用主、同僚)・指導する内容そのもののエートス等々
  • 教師はこれらの因子が学校教育という制度によって固定化されていて、他律化された感情への戦略を練りやすいのかもしれない。教師になる人は、「教師」という立ち振る舞いに、ある種の了解をしているともいえる。
  • 教師の感情労働の側面も時代と共に変化はあるだろうことは容易に推測できるが、それは大きな変容でもないだろう。
  • 指導者に広げると、因子が社会の価値の多様化と関連しており、まず、取るべき「良い」感情を認識するのが難しいように思われる。
  • 他にも、個人が自律的に選択した感情労働は、そう簡単に切り替えがきくものでもないだろう。しかし、学習者の個別性が重視される場合、それとの折り合いをつけていくことは困難となるだろう。
  • 指導者は、どのように折り合いをつけているのだろう。

【参考文献】

伊佐夏実「教師ストラテジーとしての感情労働」『教育社会学研究』84、125-144、2009